鈴木宗男議員のロシア訪問についての報道に思う

投稿日時:
2024/11/10
著者:
ベチャール

 鈴木宗男議員は、2024年7月29日、ロシアを訪問して、政府高官と会談した。その事を7月30日配信の朝日新聞デジタル版が、下記のように報道している。他の新聞はまともに報道していないなか、リベラルの代表格の朝日新聞がどのように報道しているのか興味があったので、行間を読んでみた。そこには、日本全体が持っているバイアスが見事に反映されているように思われる。

 件の報道は以下のとおりである。

鈴木宗男氏、侵攻後2度目の訪ロ 前回は帰国後に離党

 鈴木氏は同日、ロシアのヤコブレフ漁業庁副長官と会談。東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出の安全性を説明。北方四島周辺での日本漁船の安全操業の早期再開などについて議論した。・・・鈴木氏は「ヤコブレフ氏がクレムリン(ロシア大統領府)の判断が重いと述べた」として、「日本政府は国益に沿った対応をしなくてはならない」と、プーチン大統領の意向を踏まえた対応を政府に求めた。 

 「G7(主要7カ国)の連携での一方的な肩入れは、本当に日本のためになるのか」「米国に引きずられるだけで日本が生きていけるのか」などとも持論を展開。

 占領地からのロシアの撤退を条件にしない中国などの和平提案を評価し、日本も協力するべきだと主張した。 

 また、侵攻の根本原因はウクライナのゼレンスキー大統領や北大西洋条約機構(NATO)にあるとも主張。

 プーチン氏が提案した、ウクライナに実質的な降伏を求める和平協議の条件を踏まえ、日本政府が対応すべきだとした。

https://www.asahi.com/articles/ASS7Y6JQ0S7YUHBI028M.html

 この朝日デジタルの報道を検討してみよう。

 報道の前半について。鈴木は日本はロシアとの関係を友好的に維持しないと、日本の国益にならないと考えており、そのために処理水問題や漁業操業問題を円満解決しなければならないとしている。つまり、日本政府はロシアを敵視して交渉をしないのではなく、積極的に外交を展開すべきだというのである。朝日新聞は、その点については、異論はないようだ。問題は、後半のウクライナ戦争に関しての発言である。

(Ⅰ)朝日は、鈴木が「G7(主要7カ国)の連携での一方的な肩入れは、本当に日本のためになるのか」、「米国に引きずられるだけで日本が生きていけるのか」などと「持論を展開」と報じている。
➡「持論を展開」というのは、怪しい言葉遣いである。「持論」というと、本来「かねてから主張している自分の考え」という意味である。今の政治家には「持論」がないのがつくづく残念だ。だが、ここの文脈では、これに加えて、「他人からの批判を受け入れないで」とか「間違っているのに固執して」というニュアンスが入っているようである。

 それはそれとして、この「持論」については、もっとしっかり考えるべきではないだろうか。「G7(主要7カ国)の連携」というのは、日本の首相も参加して、今年の6月13日から15日にイタリアで開催されたG7プーリア・サミットにおいて、ロシアの侵略に対してウクライナへの全面支援を7か国が確約したことを指している。鈴木は、このようにG7がウクライナ支援に一方的に肩入れしていいのかと問うている。そして、G7を先導するアメリカに引きずられていていいのかと疑問を呈しているのである。

 実際、これは日本の進むべき道を見出すうえで、避けて通れない問題なのではないだろうか。1959年にオスロ平和研究所を創設して「平和学」の祖と言われる世界的な平和研究者であるヨハン・ガルトゥングも、その著書『日本人のための平和論』(ダイヤモンド社、2017年)において、外から見ると日本はアメリカにべったりであり、日本は対米従属から脱するべきであると言っている(世界史研究所「世界史の眼」No.46)。「米国に引きずられるだけで日本が生きていけるのか」という疑問は、けっして鈴木個人に限られた考えなのではないのである。

(Ⅱ)ウクライナでの戦争の和平の仕方について、朝日は、鈴木が、「占領地からのロシアの撤退を条件にしない中国などの和平提案」と、「プーチン氏が提案した、ウクライナに実質的な降伏を求める和平協議」とを支持していると報じている。たしかにプーチンは中国提案を歓迎しているので、この二つは、同じものと考えていいだろう。鈴木はこういう提案を支持していると、朝日は批判的に報道しているのである。

 では、中国の和平提案を見てみよう。ジェトロの報告によれば、その要点はこのようである。

 中国の外交部は2023年2月24日、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題する文章を公開した。それはロシアのウクライナ侵攻に対する中国の主張を12項目にまとめたものである。

 同文書は、(1)各国の主権尊重、(2)冷戦思考の排除、(3)停戦、戦闘の終了、(4)和平対話の始動、(5)人道危機の解決、(6)民間人と捕虜の保護、(7)原子力発電所の安全確保、(8)戦略的リスクの減少、(9)食糧の国外輸送の保障、(10)一方的制裁の停止、(11)産業チェーン・サプライチェーンの安定確保、(12)戦後復興の推進、という項目からなる。

https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/02/64070a42d40bb102.html

 これはきわめて一般的な議論を言っているだけのように見える。しかし、これはいろいろなイシューを前提なくフラットに議論しようという狙いがあると考えられる。
➡そこで朝日の報道の仕方を見てみよう。朝日は中国提案について、「占領地からのロシアの撤退を条件にしない中国などの和平提案」として、「占領地からのロシアの撤退を条件にしない」という形容詞をつけて紹介している。だが、中国提案は撤退についてもフラットな議論をしようという出発点にいるもので、最初から「占領地からのロシアの撤退を条件に」してしまうと、一定のバイアスを持たせたものになる事を懸念しているのである。また、プーチンの提案については、「ウクライナに実質的な降伏を求める」提案と報じているが、これもバイアスを持たせるもので、中国提案と同じく、フラットな議論をしようという提案の主旨をゆがめているものである。ロシアは、この中国案を基に和平を議論することに賛同しているわけである。

 どうも朝日は、アメリカ、日本、EUなどの政府の立場から考えているようで、一面的な紹介になっている。中国の提案には世界でグローバル・サウスを中心に100か国以上の国々が賛成しており、そのことの重みをもっと理解し、伝えていくべきであろう。

 (Ⅲ)朝日は、鈴木は、「侵攻の根本原因はウクライナのゼレンスキー大統領や北大西洋条約機構(NATO)にあるとも主張」したという。
➡朝日は、これを歯牙にもかけないで、「ああそうですか」、「いつもの鈴木のロシア擁護論だ」と片づけようとしているようである。ここでの「主張」という言葉遣いも怪しい使い方である。他人の批判を聞かずに「言いつのっている」というニュアンスが入ってはいないだろうか。

 それはともかく、アメリカ、日本、EUなどの立場からすると、侵攻したロシアが全面的に「悪」なのであるが、鈴木はそうではない。鈴木は、2022年2月24日のロシアの侵攻そのものは非難すべきだが、侵攻をよぎなくさせた過程に大きな根本的問題があったというのである。この過程について、とくに鈴木は、「ミンスク合意」が守られなかったことを、かねてから指摘していた(鈴木宗男・佐藤優『最後の停戦』徳間書房 2023年)。ミンスク合意とは、2014年8月から始まったウクライナ東部での戦争につき、2014年9月と2015年2月の二度にわたりベラルーシの首都ミンスクで、ロシア、ウクライナ、独仏らの国によって、停戦、ウクライナからの外国部隊の撤退、ウクライナ東部の親ロシア派の支配地域の自治などを確認した合意を指す。それは2022年末まで実現が目指されたが、ウクライナや独仏が履行せず、反故になったものである。これが反故になったあと、プーチンは硬化したと言われる。

 ロシアの侵攻をよぎなくさせた過程が大切だという議論は、無視すべき議論ではない。『軍事力で平和は守れるのか』(岩波書店、2022年)でも、そういう議論が事実に基づいて論じられていたように思う。

 ほんの短い報道ではあるが、リベラルの旗手である朝日新聞の報道であるだけに、気になってしまった。そして、鈴木の議論は、今日の日本や世界の情勢を考える上において、無視できないものなのではないかと考える。

補)この度のアメリカ大統領選挙でトランプが返り咲いたが、かねてからバイデンのウクライナ政策を批判してきたトランプがどのような政策を採るのか不明である。本稿での懸念が払しょくされることを期待したい。