自分がバツ3になったわけ
投稿日時:
2025/01/10
著者:
首に旋毛
私はいわゆるバツ3だ。3回婚姻届を出して、3回離婚届を出している。実は3回とも相手は同じで、今も同居している。それでも少なくとも戸籍上は3回の結婚と離婚が記録されている。なぜそんなことをしたのか。忘れないうちにまとめておこう。
きっかけは、同居している人が慢性骨髄性白血病と診断されたことだった。白血球が標準値の十倍ほどあるという。青天の霹靂だった。自覚症状はまったくない。放っておけばいずれ急性化するということで、分子標的薬を飲んで抑えることになった。
この薬が高い。毎日高級ワイン一本を飲んでいるような感じだ。ただし、高額療養費制度のおかげで、医療費を補助してもらえる。そうでなければ大金持ちしか生き残れないだろう。支払った分から収入に応じて払い戻してもらえるのだが、それでも自己負担分は支払わねばならない。
同居人は自営業で生活してきた。羽振りがよい時代もあったようだが、貯金はないし、出会った頃は収支ぎりぎりで暮らしていた。儲けようとか蓄えようとかいう思考がない人なのである。もう国民年金を受給できる年齢になるのに、もらえないという。聞けば、若いときに一家離散となり、故郷を離れて一人で暮らしていて、長い間年金制度自体を知らなかったというのだ。
一方の私は給与所得生活者で、安定した収入があった。同居してから、健康保険は私の扶養にしてみた。そして、職場が提供する人間ドックをふたりで受診したら、相手の白血球数が増えていることがわかったのである。
そもそも私は、誰かに扶養されるのも誰かを扶養するのも好きではない。金銭的な関係があれば人間の関係も束縛されることになりやすい。束縛されるのも束縛するのも苦手なのだ。だから家という制度も苦手だし、戸籍制度はそれを体現しているようで嫌いだ。
そういうわけで結婚などしないで生きるつもりだった。話はそれるが、もしも子どもを育てるならば、なんらかの結婚制度はあってもいいと思う。共同で責任をもって子育てすることを社会が支援する枠組みとして。
扶養するのも気が進まなかったが、相手にお金がないなら仕方ない。実際のところ、相手が私の家に住むようになっても、住居費や水道光熱費は私が払っていた。医療費も私が負担した。そして、新型コロナウイルスの感染拡大のときに同居人は店をたたみ、完全に私が扶養することになった。
私の勤め先では、戸籍の記載に関係なく、相手の所得が一定金額以下ならば、扶養手当を請求できるということもわかった。ほかにも、あれこれの夫婦割引など、同居していれば戸籍上の夫婦でなくても多くは認められることがわかってきた。夫婦という形態で暮らしていると、いろいろとお得なのだ。知り合いが、一人で暮らしていると独身税を取られているようだと言ったのを思い出した。まさにそうなのだ。
そのものずばりの税金面では、戸籍上の夫婦でないと優遇されないことがわかった。かなりの医療費を私が支払っているので医療費控除にならないかと調べたが、ダメらしい。配偶者控除も受けられない。まさに独身税である。というか、戸籍制度に従わない者への罰金みたいだ。
以前、夫婦別姓を通したいという友人から、子どもが生まれたときに婚姻届を提出して、出生届を出したあとに離婚届を出したと聞いた。子どもを法的に非嫡出子にしたくなかったからである。それを思い出した。結局は婚姻届と離婚届という紙を出すか出さないかの問題なのだ。調べてみると、税務署が配偶者であると判断するのは、その年の12月31日の時点で法的な結婚状態にあることだけだとわかった。
ということで、12月下旬に婚姻届を提出した。そのまま姓を変えるとなると、「むちゃくちゃ大変」だということはわかっている(選択的夫婦別姓を求めて裁判を起こした青野慶久の表現)。職場での手続き、免許証に銀行口座、カードやパスポート、ネット上の登録の変更などなど、膨大な時間と手間がかるし、費用もかかる。自分が自分であることを証明することすら難しくなることもあるらしい。自分の姓はとくに好きではないが、変えなければいけない理由が理解できない。それに比べれば1月に離婚届を出して法律上の姓を戻すだけの方がずっと楽である。それが3年続いた。姓は私と同居人とが交互に変えてみた。
もちろん、婚姻届と離婚届を何度も作って提出するのも面倒である。どちらの書類も間違いなく書くのは難しい。1回目は休日窓口を使ったので、本当に書類を渡しただけだったが、あとで役所から修正の連絡がきて、2度手間になった。2回目は平日に市役所に出かけた。そのときは窓口でチェックしてくれたが、「少々お待ちください」と言われ、上の人が出てきて市からの結婚祝いの品をくれた。この方、ご近所に住んでいるという。なんとなくばつが悪いので離婚届は別の出張所へ提出した。3回目も窓口に出向いたが、「結婚祝いはいりません」と先に断っておいた。このときにも記入ミスがあって、あとからもう一度出向いて修正印を捺すことになった。
面倒なことは他にもある。どの書類にも証人2人が必要である。毎年年末になると、誰かに頼んで、婚姻届と離婚届の両方にサインしてもらわねばならない。幸い、そういうことを楽しんで付き合ってくれる友人には不自由しなかった。最近は印鑑が不要となったが、以前は押印が必要だった。動物好きの友人たちが証人になってくれたとき、ひとりは姓の下に愛犬と同種の犬の顔が刻まれた印を捺し、ひとりは姓の上に猫の足跡がついている印を捺したことがあった。提出したら、窓口の人の表情が一瞬こわばった。
親には話さなかった。あの人なら「戸籍を汚した」と無意味に怒り出すことが予想できるからだ。実のところ、はるか昔に、私は親に黙って分籍した。だから今回のあれこれで親の戸籍に変化はないし、今後も知らないままだろう。
戸籍をあれこれ変えたせいで、私が財産を残して死んだら、相続者が苦労することになる。何度も変更されている戸籍の謄本を全部集めなければならないからだ。生きている間に戸籍の書類を揃えておこうと考えている。あるいは法務局に遺言書を預けるか。
とまあ、あれこれ面倒なのだが、離婚届を出さずに戸籍上の姓を変えるとしたらもっと大変だったことだろう。いや、なによりも、名前を変えることを強制されて、家単位で把握されることがきわめて不愉快なのだ。
毎回、離婚届を出したあとで、確定申告の書類を作った。医療費控除に配偶者控除も加わって、確かに税額が減った。白血病の治療を始めた年にはまだこれに気づかず、翌年から始めたので、税額に差があることが明らかにわかった。しかし、実質的に自分が扶養して病院代も薬代も支払っているのに(同居人が病院や薬局で使っているクレジットカードは私の家族カードなのだ)、なんでこんな面倒なことをしなければいけないのだろうか。
バツ3になったあと、仕事を辞めた。収入は激減した。それでも国民健康保険は私が世帯主として納付し、医療費も私が支払っている。同居人は高価な薬を飲み続けている。私の収入が減ったので、補助してもらえる医療費の額は多くなった。これはありがたいことである。医療費控除は、適用されるとしてもこれまでほどの額にはならないだろう。記録して計算するのも面倒だし、婚姻届を作るのも面倒なので、やめた。
ふと我に返った。自分はほとんど医者にかかったことがない。お金がなかった頃は医療費控除なんて遠い話だと思っていたのに、急に身近になったから興奮してしまったのだろうか。医療費控除も結婚届も、自分に関係ない話ですめば、それに越したことはなかったのだが。