日本被団協のノーベル平和賞授与についての考察

投稿日時:
2024/12/10
著者:
トックン

 去る10月11日、今年のノーベル平和賞が日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)に授与されることが決定した。欣快に堪えない。

 2017年、核兵器を包括的に違法とする核兵器禁止条約は、賛成122カ国で採択された。この年、その原動力となった国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」がノーベル平和賞を受賞した。

  今回の日本被団協のノーベル平和賞は、「『ヒバクシャ』として知られる広島と長崎の原子爆弾の生存者達による草の根運動は、核兵器のない世界の実現に尽力し、核兵器が二度と使われてはならないことを証言を通じて示してきた」(授賞理由より) ことに対して授与されるのである。メンバーの努力により、次第に核兵器の使用は道徳的に容認できないという強力な国際規範が形成された。この規範は「核のタブー」として知られるようになった。彼らは自らの経験をもとに、核兵器の拡散と使用への差し迫った警告を発し、世界中に幅広い反核機運を生み出した。

 ノルウェー・ノーベル委員会は、この80年近くの間、戦争で核兵器は使用されてこなかったという事実を指摘し、日本被団協やその他の被爆者の代表者らによる並外れた努力が「核のタブー」の確立に大きく貢献したとする。

  昨今の世界が核廃絶を目指す方向とは裏腹に、核保有国が核の使用を脅しに使い、これに対抗して、他の核保有国が核兵器の増強、配備拡大を目指すなど、「核のタブー」が脅かされかねない重大な恐れに対して、今回の平和賞は、ノルウェー・ノーベル委員会が世界に強い警告を発したものと考えられる。

  今回の日本被団協の受賞には、今年、委員長に就任した弱冠39歳のヨルゲン・ワトネ・フリドネス氏の存在が大きい。11日に行われた朝日新聞社の電話インタビューで、彼は少年時代に被爆者の話を知ることができたこと、その記憶が歴史の過ちの繰り返しを避けることができると信じると言い、被爆者とその証言が、いかに世界的な広がりを持ったか、いかにして世界規範確立し、核兵器に「決して二度と使ってはならない兵器」と汚名を着せることができたか、この賞の本質だと述べている。

  被爆者が80年近く証言に証言を重ね、日本国内外で築き上げた訴えに対し、彼は敬意とともに評価したのだと思う。

  今回の日本被団協の受賞に対して、国連のグテーレス総長は祝福の声明で、被爆者の困難を乗り越える強さは、世界の核軍縮の中核となっていると称え、核兵器の脅威を取り除く唯一の方法は完全廃絶だと訴えた。中満泉国連事務次長(国連の軍縮部門トップ)は、今回の受賞は、核兵器使用のリスクが高まる状況を変えるきっかけになって欲しいと述べ、日本被団協に対しては、核兵器の廃絶を訴え続ける活動に感謝し、世界に対する強烈なパンチであり、メッセージだと喜びを表した。

  米国のエマニュエル駐日大使は受賞決定に祝意を示し、「核兵器は二度と使用されてはならない」とXに投稿した。しかし、そう述べるなら、米国は79年前の二度の原爆投下による大量殺戮に対して謝罪があってしかるべきである。

  翻って、日本では石破首相が訪問先のラオスで,「長年、核兵器の廃絶に向けて取り組んできた同団体にノーベル賞が授与されることは極めて意義深いものだ」とコメントしたが、持論の核共有論を展開するかもしれない首相は、核廃絶を目的とする核兵器禁止条約の署名には背を向け続けるだろう。

  林官房長官に至っては、祝意を述べるだけのその談話をテレビの放映で見たが、まるで他人事ようで、政府のやる気の一言が欲しかった。核廃絶に対する感度が極めて低いと言わざるを得ない。2021年の世論調査では、国民の71%が核兵器禁止条約に参加すべしと回答し、そのうち62%が日本は唯一の戦争被爆国だからとしているのにである。

  核兵器禁止条約に対する日本政府の見解は一貫して反対である。

  同条約の交渉会議初日に当時の軍縮大使が出席したが、「日本は交渉に参加しない」と発言して退席したという。米国から二度の原爆投下によって大量殺戮を経験した唯一の国なのに、米国の核の傘の下にいるという理由で、交渉をボイコットした政府の態度にはあきれる。

 外務省のホームページで「核兵器禁止条約と日本政府の考え」(添付資料ご参照) の解説を読んでみた。

1.ICANのノーベル平和賞受賞に対し、当時の河野大臣は「広島・長崎の被爆者の方々が長年にわたり被爆の実相を世界に伝える活動に取り組まれてきた努力に敬意を表する」と述べている。

2.核兵器禁止条約については、第1条の内容を説明するのみ。

3.日本政府の考えでは、「日本は唯一の戦争被爆国であり、政府は、核兵器禁止条約が目指す核兵器廃絶という目標を共有している」と言いながら、北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威を口実に日米同盟の下で核兵器を有する米国の正当な核抑止力に頼ることを明言し、核兵器禁止条約には安全保障の観点が踏まえられていないとして署名の意思を明確に否定している。

  私はこのような日本政府の態度は極めて問題だと考える。私見を述べてみたい。

  安全保障は、当然日本国民・国家にとって基本問題であるが、ただ軍事的な面の日米同盟のみに頼り、しかも米国の核抑止力を当てにするだけでよいのだろうか。最近の日本政府及び外務省は、どうも外交面での安全保障の努力を怠ってるいるのではないかと私には思えてならない。

  具体的に言うと、北朝鮮に対しては、拉致問題を交渉するためにあらゆるルートを探って糸口を掴み、粘り強く交渉して解決して解決に持ち込む。次の段階では国交樹立に向けて交渉を続ける。北朝鮮は、当然、太平洋戦争時の賠償責任等多額の金を要求するだろうが、少なくとも交渉中は「安全」である。もし、国交が樹立されれば、さらに「安全」は増す。なお、トランプ政権は、恐らく北朝鮮と接触するだろう(北朝鮮側からそれを希望するだろう)し、日本としても交渉開始の糸口を見つける可能性が出てくると考える。

  中国に対しては、トランプ政権は恐らく当初厳しく対処すると思う。そうなると、中国は、日本に対し従来の態度を若干和らげてくると考えられるので、できるだけ速やかに政府レベル及び民間レベルのパイプを太くする手立てを早急に立てるべきである。もし、万一台湾有事という事態が発生するようになれば、米国一辺倒ではなく、中国とも意思の疎通を十分図り、火の粉が日本に及ぶことは絶対に避けるべく、最大限の外交努力を続けることが必要になろう。

  ロシアとは、いずれウクライナ戦争は終わるであろうから、その後を見据えて、より太いパイプの構築を今から考えておくべきだろう。

 日本の安全保障に関して、今後、トランプ政権は軍事の面で、日本により多くの防衛費を求めてくることは十分予想される。

  日本としては、外交努力の方にもっと予算を回し、各国とより緊密な関係を築くため、特に上記3国とのパイプ作りに努力を傾注した方が、防衛と称して軍事面のために膨大な予算を注ぎ込むよりもはるかに日本の安全保障に役立つし、安くつくと考える。

  今後予想される米国の過大な要求に対しては、そのまま呑むことなく、粘り強い外交交渉努力を要すると思うが、交渉過程で、日本の核兵器禁止条約署名は国民の多数の希望であると意思表示することはバーゲニング・パワーにもなるのではないか。

  核廃絶に関する外交努力について、各国に核兵器の脅威をもっと深く知ってもらうため、原爆の惨状をもっとPRすることが大切と思う。

  私は、次の2点を提言したい。

①  各国から新任の大使が日本に着任したら、外務省主導で、必ず広島・長崎を訪問して貰い、原爆資料館で原爆の惨状を知ってもらう。そのために、外務省に予算措置を講じる。

②  原爆の惨状について各国により深く認識してもらうため、国の予算で、世界の人々の誰にもわかる冊子を作り、それをできるだけ多くの各国語に翻訳し、その国に配布する。

 上記2点の実施は、防衛費に比べたらはるかに安くつき、効果があるのではないかと思う。

  ところで、本日10日は、ノルウェーの首都オスローでノーベル平和賞が授与される記念すべき日である。私は、今後も「核廃絶」に関心を持ち、その関連事項をウォッチしていきたい。                                   

参考資料:

1.   10月12日、13日付朝日新聞
2.   日本被団協編「被爆者からあなたに」(岩波ブックレットNo.1048)
3.   川崎 哲著「核兵器禁止から廃絶へ」岩波ブックレットNo.1055)
4.   外務省ホームページ 「核兵器禁止条約と日本政府の考え」


(外務省ホームページより)

核兵器禁止条約と日本政府の考え [太字は筆者]

 同条約は、2017年9月20日に署名のため開放され、今後、50か国の批准後90日で発効することになります。2018年2月28日現在56か国が署名、うち5か国が批准しています。

 2017年12月10日には、核兵器禁止条約を推進した国際NGOの核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞が授与されました。河野外務大臣は談話を発出し、これを契機として国際社会の核軍縮・不拡散に向けた認識や機運が高まることは喜ばしく、広島・長崎の被爆者の方々が長年にわたり被爆の実相を世界に伝える活動に取り組まれてきた努力に敬意を表するとともに、核兵器国もしっかり巻き込む形で核軍縮のための現実的かつ実践的な取組を粘り強く進めていく考えを示しました。

2 核兵器禁止条約における禁止の内容

 核兵器禁止条約は、第1条において、(a)核兵器その他の核爆発装置(以下「核兵器」という。)の開発、実験、生産、製造、取得、保有又は貯蔵、(b)核兵器又はその管理の直接的・間接的な移転、(c)核兵器又はその管理の直接的・間接的な受領、(d)核兵器の使用又は使用の威嚇、(e)この条約が禁止する活動に対する援助、奨励又は勧誘、(f)この条約が禁止する活動に対する援助の求め又は受入れ、(g)自国の領域又は管轄・管理下にある場所への核兵器の配備、設置又は展開の容認等を禁止することについて規定しています。

3 日本政府の考え

 日本は唯一の戦争被爆国であり、政府は、核兵器禁止条約が目指す核兵器廃絶という目標を共有しています。一方、北朝鮮の核・ミサイル開発は、日本及び国際社会の平和と安定に対するこれまでにない、重大かつ差し迫った脅威です。北朝鮮のように核兵器の使用をほのめかす相手に対しては通常兵器だけでは抑止を効かせることは困難であるため、日米同盟の下で核兵器を有する米国の抑止力を維持することが必要です。

 核軍縮に取り組む上では、この人道と安全保障の二つの観点を考慮することが重要ですが、核兵器禁止条約では、安全保障の観点が踏まえられていません。核兵器を直ちに違法化する条約に参加すれば、米国による核抑止力の正当性を損ない、国民の生命・財産を危険に晒(さら)すことを容認することになりかねず、日本の安全保障にとっての問題を惹起(じゃっき)します。また、核兵器禁止条約は、現実に核兵器を保有する核兵器国のみならず、日本と同様に核の脅威に晒(さら)されている非核兵器国からも支持を得られておらず、核軍縮に取り組む国際社会に分断をもたらしている点も懸念されます。

 日本政府としては、国民の生命と財産を守る責任を有する立場から、現実の安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に、現実的な核軍縮を前進させる道筋を追求することが必要であり、核兵器保有国や核兵器禁止条約支持国を含む国際社会における橋渡し役を果たし、現実的かつ実践的な取組を粘り強く進めていく考えです。